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【牧野彩乃さん】2人が同時に不登校に
現在長男(中学2年生)と次男(小学5年生)の2人お子さんを育てる牧野彩乃さん。
週に1回、高齢者のデイケアで看護師を勤めつつ、糸満市内を中心に、学校が苦手な子ども達の保護者を支援する「ママがいっぱい笑った俱楽部(以降:ママ笑)」副代表も務める。今年4月から「子どもの第三の居場所「HOPE」」で親御さんの相談やカウンセリングなどの支援を行っている。
誰にでも明るくバイタリティーのある牧野さんだが、数年前は子育てに悩み、涙を流していたママだった。
期待に胸膨らませ戻った沖縄
今から5年前、旦那の仕事関係で県外に9年間過ごしていた牧野さん。新型コロナウイルス感染症拡大時期に、旦那さんは福岡に単身赴任を機に、牧野さんの実家のある沖縄県糸満市に子ども達と3人で戻ることとなった。家族や友人がいる沖縄に期待でワクワクしていた。
しかし時期もあって「内地から帰ってきた組」として親戚からは毛嫌いされ、友人にも会うことはできなかった。
『まぁ学校が始まれば落ち着くかな』と牧野さんは思い過ごしていた。
1ヶ月も経たないうちに…
子ども達はその頃、長男は小学4年生、次男は小学1年生だった。
新学期が始まり1ヶ月も経たないうちに、2人に変化が表れた。
まずは長男。新しい学校に慣れることができず体が硬直し、
「学校に行きたくない…」
と言い始めた。その後、頭痛や腹痛を訴えるようになり、登校時には下を向いて学校に行っていた。
牧野さんは慣れるだろうと背中を押して学校に向かわせたが、結局体調不良で長男は不登校になった。
また次男は勉強についていけず、一番前の席で一生懸命授業に取り組むも上手くいかず
「もう行かない!!」
と、ほぼ同時期に2人ともに不登校となってしまった。
学校からの連絡
不登校になり、先生からは「頑張って来てください」と連絡が着ていた。その際家での過ごし方について聞かれた。牧野さんは素直に「ゲームをして過ごしてる」と答えたが、その時先生からは、
「お母さんゲームは依存性があって、時間決めた方がいいですよ」
「お母さん背中を押した方じゃいいんじゃないんですか?親としての務めじゃないですか?」
と言葉が返ってきた。その言葉は牧野さんの心に突き刺さり『自分はおかしいのか』と責めるようになっていった。
その後、毎日のように欠席や給食、宿題、プリントはどうするかの電話がかかってき、最終的には取りたくなくなり「留守電に入れてください」とお願いした。
母との折り合い
その頃実家に住んでいた牧野さん家族。2人とも不登校になり、両親からは「なんでこれたち行かないのか?」「大丈夫なの?」と言われていた。
しかし不登校時期が延びていき、家でゲームをする姿を目にするようになってから、両親は子ども達を叱り
「ランドセル買ってやったのに!捨てるぞ!!」
と怒鳴る場面もあった。
両親の怒る気持ちも、子ども達が学校に行けない気持ちも分かる牧野さんにとって、家ではドンドンと板挟み状態になっていった。
そしてある日、事件は起こった。
兄弟喧嘩をしているとき、投げたおもちゃがテレビにあたり、テレビが壊れてしまった。そのことで実母は激怒し、それ以降口を利かなくなってしまった。同じ空間にいるのに会話はなく、手紙で会話を図ってみるも返信はなかった。
その時の心境を牧野さんは、
「自分の住んでるお家なのに心が休まらない、理解してくれる人がいない、寂しかった」
と話した。
単身赴任のパパ
旦那さんに息子たちが学校に行けなくなったことなどを報告していた。しかし現状を見ていない旦那さんは「朝甘やかしてるから行かないんじゃないか?」と返された。旦那さんが帰ってくるのは夏休みや冬休み。学校が無いため子ども達の状況はわからない。
誰一人助けてくれない状態だと感じた。
そんなとき、1日だけ登校日に帰ってきた。すると「学校俺が連れて行くよ」と言った旦那さん。「じゃあやってごらん」と牧野さんはパパと息子たちを送り出した。
帰ってきた旦那さんはぐったり。パパの前でも息子は「行かない!」と廊下で寝ころんでいたという。
「いつもこんな?」
と驚く旦那さんに『ずっと電話で相談していたのに今更?』と思ったが、その後旦那さんから
「こんな頑張ってたんだね」
という言葉が返ってきた。嬉しい気持ちもあったが、話を聞くだけでなく実際に見てもらわないと分からないのだと牧野さんは実感した。
不登校児を持つパパたちに牧野さんは、
「現状を伝えるだけでなく、実際に1日でもいいから学校での様子を体感してもらうことが大切。経験しないと分からない」
どん底から変わったきっかけ
子ども達の不登校、実母との折り合い、理解がなかった旦那さん。状況が悪化していく中で、牧野さんの肌は荒れ、寝る時には動悸が止まらず、心身共に限界を迎えていた。
『自分がおかしくなってる』
と感じた牧野さんは、まずは実家を出ることを決心した。ただその決心の中には、
「いつかはお母さんと仲良くなりたい、前みたいに戻りたい」
という思いがあった。
単身赴任から戻ってきた旦那さんに
「帰ってすぐにごめん、もう物件決めてるから引っ越そう」
と、実家を出た。
その行動は吉と出、距離を置いたことで実母との関係は徐々に良くなっていった。
また学校から「クリニックで発達障害の検査を受けてみませんか?」との話が上がった。
子ども達の個性に合わせ必要なサポートを受けさせるためにも、受給者証が必要とのことだった。
糸満市内はどこもいっぱいで初診は受け付けていない状況。病院に「じゃあ、どこなら診察してもらえそうですかね?」と聞くと那覇市のハートライン病院に繋いでもらい、ようやく受診することが出来た。
牧野さんはその診察に実母も連れて行った。そこで実母に病院の先生は、
「おばあちゃん、これはお母さんのせいじゃないよ、育て方の問題じゃない。生まれつきだから。なんなら遺伝だから」
と話してくれた。驚いた実母は「この子の育て方が悪いかと思ってた!」と言ったが、納得したように、その後は牧野さんに協力してくれるようになった。
ちょっと一人に相談できると…
その後も情報収集を行っていた牧野さんは、不登校関連の情報が集まるFacebookグループで、現在「ママがいっぱい笑った倶楽部」通称「ママ笑」代表を務める山城健さんが個人で企画する、糸満市内の不登校児を持つ親御さん向けのお話会をみつけ、藁をもつかむ思いで参加した。そこで行ったワークや、ちょっと先いく先輩から「この頃はこうだったけど。今は息子こうなっているよ」という話を聞き、『大丈夫なんだ』と安心することが出来た。
このお話会で自分よりもっと深刻なケースがあることを知り、ママ笑の副代表として運営に入った牧野さん。
「悩んでいる人は、まず繋がること」
すぐ外に出なくても、ネットで繋がれる時代。家から出なくてもできることから始めること。またネットが苦手な人は本からでも同じような状況を乗り越えた人や当事者の人の本を読むことを勧めた。
「そしてアウトプットすることが大切」と続けた。
一人で考えず、第3者に話しを聞いてもらう。心が疲弊しているときは専門のカウンセラーが良いが、ちょっとした相談であれば、地域の子どもの居場所や子どもの友人のママから解決策がみつかることもあるという。
「私が見えてなかったのかなって思うことも多かったです」
いまの牧野さん家
旦那さんは転勤から帰ってき、現在家族4人で暮らしている。
特に長男は旦那さんが帰ってくるまで情緒不安定で、異常に甘えることが多かったが、旦那さんが帰ってきてからはそれが一切無くなった。
今は牧野さんが体調が悪く動けないときは、旦那さんが家事をしたり子ども達と遊んでくれたり、時には話を聞いてくれるなどしている。
「長男は特に優しくて、ママの顔色を見て合せてくれることもあったからかな」とあの頃を思い出しながら話す牧野さん。
そんな長男は学校で、本人のペースで保健室や付き添い登校から、体育や図工だけ、二時間目まで参加すると本人が決めたペースで学校に行くようにし、小学5年生には自然と学校に行くようになった。
中学生の今は部活にも入っている。
本当は勉強は苦手で時間がきっちりしているのも疲れるとのことだが、本人は
「でも学校行っておいた方が、将来やりたいことがみつかったときに選択肢が増えるから行っておく」
と自分の意志で学校に行っている。
次男は、その後付き添い登校をするも、決められた時間で動いたり、集団で同じように進めていくのがどうしても合わず、家でも元気が無くなっていった。
小学校1年生で「僕なんて…」「死にたい」という姿を見て牧野さん自身も責めていたが『もうやめよう』と決心し、次男とは家で一緒に料理や食事、ゲームをするなど時間を過ごしていたら、充電が貯まってきたように笑顔が戻ってきた。
今では放課後登校や放課後等デイサービス、おじいちゃんおばあちゃんの家まで歩いていきコーラを飲むというように、自分に合わせて生活を送っている。
また実母との関係だが、今では牧野さんの行う活動を等を全力で応援し、ママ笑主催の講演会などにも毎回来てくれている。
「よう頑張ってるね」
と声を掛けてくれ、講演会では講師の話を真剣に聞いている姿が見られるそうだ。また子育てや家事なども頼るようになり、良好な関係を築いている。
「話せる関係に戻りました。あれはなんだったんだろうってくらい」
と嬉しそうに話した。
あとがき
なんくるママ「第一回体験シェア会」牧野さんインタビューのライティングを務めました、かわさきです。
1時間のインタビューライブを見ながらメモを取り、文章にまとめさせていただきました。かなりの長文になってしまったので、ママ笑でのワークなど載せきれない部分もありました。
その中の一つとして、世代間ギャップ。ネットの情報が増え、自分たちや親の世代とも違う価値観が今きていることが話された上でインタビュアーの喜納さんが
「周りの人たちが学んでもらえると助かる。パパだけでなく、おじいちゃん、おばあちゃんにも」
と話していたように、この文章で牧野さんが乗り越えてきた子育ての足跡が、多くのママやパパやおじいちゃんおばあちゃんに届き、助けになれば幸いです。
牧野さんのが副代表を務める「ママがいっぱい笑った倶楽部」はこちらから
Instagram:@mamawaraclub(https://www.instagram.com/mamawaraclub/)
インタビュー動画はこちらから